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LIFESTYLE

『マンマこそ全て』な感性はどうやって作られるのか|ヤマザキマリさんのイタリアエッセー

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世間ではイタリア男といえばたいていマザコン、というイメージがはびこっているようですが、私からして見ると母親離れのできないイタリア人は決して男性だけに限ったことではありません。女性であっても、何歳になっても母親離れができていない人もいます。母親への強い思いはもはや彼らにとって特殊な“コンプレックス”などというものではなく、 人として当然のこと、と言ってもいいでしょう。

 

 

そして、そのような徹底的な親子の絆を築くのは、まさに母親の役割と言っていいでしょう。少なくとも自分の夫や義妹を見てきた限り、彼らの母親は彼らに自分無しの人生など有り得ない、という方向性の育て方をしてきたように思えます。あなたたちはママの生き甲斐、あなたたちがいるからママは幸せ、という子供への一途な思いが丸ごと露わになった母親の態度が、端からしてみればある種の依存にも見えるほどの親子関係を作り上げているようにも思えます。

 

 

イタリア人は基本的に寛大で、どんな人にも友好的で信頼感を抱く人種と思われがちです。しかし彼らは日本人と比べてみても他人に対してはかなり懐疑的です。社会よりも家族が優先順位という姿勢は、要は他人が信用できないそのあらわれであるとも言えますが、そんな中でも自分に対して常に無償の愛情を惜しみなく与えてくれる母親は、この世に置いて唯一自分を裏切ることのない頼れる人、というポジションを確立します。

 

 

日本では母も子も互いに抱く愛着を、成長してからも表に露顕するのは恥ずべきこと、と捉えられがちですが、それとは逆に母親への特別な思いを堂々と、そして大胆に見せることも、イタリア人が尋常じゃないほどの母親好き、と思われる要因になっているかもしれません。子供達はおじさんおばさんになっても老いたマンマへの毎日の電話連絡は欠かしませんし、時間があれば会いに行くのは当たり前。友人はお母さんの体の具合が悪いと欠勤しますが、会社側も「そうか、ママか。それなら仕方が無いな」と受け入れてくれているようです。

 

 

因にうちの姑と夫の関係もヨメである私など立ち入れないほど強烈な結束感で結ばれていますが、淡々とした親子関係で育ち、10代半ばでさっさと親離れをしてしまった私にとって、最初のころはこのふたりの蜜月な関係が全く理解できず、むしろ姑の我々の生活への過剰な干渉や介入に耐えらなくなり、彼女が理由で離婚をしようと何度と無く思ったものでした。今ではすっかり慣れましたが、それでも母親の「息子大好き!」という胸中のエネルギッシュな露顕は今でも変わりませんし、海外を点々としていた息子も最終的には家族のそばに居たいとイタリアへ戻り、日に3度はある母親からの電話にはどんなに忙しくても対応しています。

 

 

かつて姑の友人がヨメである私を褒めてくれたときも、傍にいた姑はすかさず「うちの息子が素晴らしいおかげよ、うちの息子は最高だもの」と言葉を挟んで、一瞬その場が静まり返ったことがあります。それを夫に伝えると「へえ〜マンマがそんなことを〜」というにこやかな一言だけで片付けられてしまいました。

 

 

これからイタリア人との結婚を控えていたり考えている方には、しっかりとこの子供と母親の鋼のような絆の強さを考慮し、心の準備をしておくことを強くおすすめいたします。

 

 

11月のエッセーはこちら>

PROFILE
ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

1967年東京都出身。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。‘97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。

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